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「信州現展」
芸術の秋 現代美術家協会・信州支部の 「24th 信州現展」来週29日(火)から松本市美術館で開催いたします
支部会員・一般公募・コロンビア・台湾の方々が出品 10/1・09:00~13:00会場にいます
どうぞご覧ください (9/23)
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昨日の続き
「人類の限界」について論じた思想家は非常に多く その捉え方は様々でしょう
そんな中で分かりやすく面白いのはハンナ・アーレントと 私の好みの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ
ハンナ・アーレントは
人間は世界をつくるが 世界の規模には耐えられない 人間は自ら作り出した世界の巨大さに耐えられなくなる
「人間の限界」を人間が作り出した世界の複雑さに対して 政治的・倫理的判断が追いつかなくなることとして捉えた
ハラリは
「人類が他の動物と違うのは物語を共有できること
国家 宗教 法 人権 お金 科学
これらはすべて物語であり 人類はこの物語を共有することで大規模な協力を可能にしてきた」と言う
しかしハラリは同時に
「人類は地球規模の物語をまだ持っていない
国家は自国の物語を優先し 宗教は自分の物語を優先し 企業は利益の物語を優先する
地球規模問題の対策が進まないのは 地球規模の協力を支える共通の物語が存在しないから
つまり 人類の限界とは物語の限界でもある
人類は神のような力を手に入れたが 神のような知恵を持っていない
人類は力のスケールと 知恵のスケールが一致していない」と述べた
人間 < 地球規模問題 (9/20)
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宇宙から
制作していると テーマ上「人類の限界点」について考えざるをえないことがある
アンソロピックのアモディCEO オープンAIのサム・アルトマン グーグル・ディープマインドのハサビス会長 イーロン・マスクが
AI開発のペースを 深刻なリスクがあるので緩めるべきだと述べている
当然のごとくトランプは「AIを制する者が世界の勝者になる」とどこ吹く風
愚かな「人という動物」は地球上で弱肉強食の覇権争い 仮に欧米が開発を抑制したとしても
敵対国が「賛同しましょう」と応じることはない むしろ好機と捉えて加速するでしょう
これは温暖化対策でも見られるように 地球規模の大問題では協調ができず 解決も進まない
人類は中・小規模の利害調整や協調は行ってきたが 地球規模の大問題の協調は難しく
「人類の限界点」として現れている ざっくばらんにいうと人間の脳の設計思想とはその程度でしょう
かといって諦めるわけにもいかないので 少しでもいい方向へと歩き続けるしかない
人類は進化の過程で 「小さな世界」には適応した心を持ちながら、 自らの技術などによって「巨大な世界」を作り出してしまった
その結果 世界の大きな複雑さに対して 政治も倫理も認知も追いつかなくなっている
人間の能力が追いつかなくなっているのだろうと思う (9/19)
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県展
晴天がほとんどない 鬱陶しい日々が続く 今日も一日雨
県展が開催されている安曇野市美術館へ 友達・知り合いも出品 頑張って活動されています
深いな~!と思った絵の多くは 受賞作品だった (9/16)
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二千五百年前の教え
仏教の礎を築いた天才ゴータマ・シッダールタ(ブッダ・釈迦)の説いたこと
「諸行無常」「諸法無我」「四諦」「八正道」「中道」言葉で書くと難しそうだが・・・
その中から「苦の構造と心の働き」の部分 人間の苦しみのメカニズムを科学者のように冷徹に分析し
医者のように治療の道を説いた しかも今から二千五百年も前に
簡単に書くと
ブッダは人生の本質を 「苦(ドゥッカ)」=思い通りにならないこと と見抜き そしてその根本原因は外側の世界ではなく
私たち自身の心の内側に潜む 「渇愛(タナ―)」 と、そこから派生するに「執着(ウパダーナ)」あると説いた
●なぜ渇愛が苦を生むのか
人間の感情や状態はすべて無常であり 束の間のものにすぎない
でも人間は
〇 快い状態が続けば もっと続いてほしいと渇愛し
〇 不快な状態が続けば 早く終わってほしいと渇愛する
この快を求め、不快を避けたいという心の動きが 現実の無常性と衝突する
思い通りにしたい心(執着)と 思い通りにならない現実(無常)のあいだに生じる摩擦こそが苦の正体である
ブッダは苦しみそのものよりも 苦しみを嫌悪し 除こうとする心の反応が苦を増幅させると見抜いた
●「二の矢を受けず」「そこまでで止める」という高度な心の技法
現実世界は諸行無常 そしてすべての存在は固定的な自我を持たない諸法無我
だからこそ快い状態にも不快な状態にも渇愛せず ただ 今この瞬間に起きていることを理解し
そのまま受け入れるところで心の反応を止める 周囲に起きてくる事柄に反応しない(二の矢を受けず)
そうすると ありのままに見えるだけ
この「二の矢を受けず」「そこまでで止める」は 単なる我慢や無感情ではない
心が自動的に もっと いやだ こうであれと反応する前に その反応を観察し そこで止めるという高度な精神技法
この境地に達するには何年にもわたる精神の修練を要する
しかし人間の心は修練されていない限り 必ずその先へ進んでしまう
〇 もっと欲しい
〇 なくなってほしい
〇 こうあるべきだ
〇 なぜ自分だけが
こうした二次的な反応が 苦・ストレス・悩み・不安を生み出す
ブッダは苦の原因を外側の出来事ではなく 出来事に対する心の反応の連鎖に見出した
例えば
嫌な出来事が起きたとしよう その出来事自体は ただ現実としてそこにあるだけで まだ苦ではない
苦が生まれるのは
〇 早く消えてほしい
〇 こんなことが起きるなんて許せない
〇 どうして自分だけが
といった渇愛・執着の反応が心の中で起きた瞬間である
もし 嫌な出来事がなくなることを渇愛しないなら 嫌な出来事は確かに存在し続けるが
その出来事によって心が引き裂かれることは少なくなり 苦しみは軽減される
つまり苦しみは出来事そのものだけではなく 出来事に対してその人間の心が作り出す物語によって生まれる
面白いね~! (9/12)
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徘徊
今日も安曇野はアルプスに低く垂れこめた雲 灰色の空 一日雨
外へ出るのがおっくうになる気持ちを抑えて某カフェ・レストランへ 明治三年に建てられた米蔵を改築したとのこと
昔一度行ったことがあり そのときのイメージで行くと建物はそのままだったが こじんまりとした雰囲気に変わっていた
後で調べたところオーナーが変わったとのこと「それで」と納得
車のフロントガラスを叩く雨の音 列島のあちらこちらで線状降水帯 被害も発生している (9/9)
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他愛のない話
先日 他府県に住んでいる 私もよく知っている家内の友達から久しぶりに電話あり
「うちの主人は 定年後毎日家でゴロゴロ 正美さんは何していますか?」と聞かれたので
「絵や彫刻やっています」
「(いきなり)売れます?」
「そんなことで制作しないですよ」
「(驚かれて)え~っ!売れないのをつくって意味あるの? 無駄じゃん」
「まあ そうともいえますね」と言いながら大笑い
アートに興味のない一般家庭の主婦に説明しても・・・ だからこんな感じで終わり(笑) (9/7)

屋根は善光寺
徘徊
「長野市の某レストランのハンバーグ いいよ!」と聞き 長野市へ
窓から見える善光寺近辺の景色が心地よい 味もOK
飲食店はモバイルオーダーが多くなってきた 「ゆく川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず」かな
これもまた時代の流れ 移りゆくままにこの身をまかせ
帰りに善光寺さんにお参り (9/2)
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先住民思想
制作上 先住民やアニミズム関連の本を時々読む 安息
「カエルは住んでいる池の水を飲み干さない」スー族の格言
クジラは住んでいる海を汚さない
ライオンは住んでいる大地を汚さない
人間は住んでいる星を 必要以上の欲望のために汚す・壊す
それでCO2排出+水蒸気 先進国の一人は 途上国の数十人分の資源を消費
その後温暖化(温暖化には陰謀論や懐疑論もあり)熱波 山火事 氷河崩落 猛暑 酷暑 記録的豪雨 他
人間は自分で自分の首を絞め続けているのだが・・・・
思想が違うように 温暖化対策を見ていても西洋(欧米諸国)と東洋(アジア東部・西部)の違いがあり
西洋は ● 近代西洋思想は 自然を対象 資源として捉え 人間がそれを理解し 制御し 利用することで
進歩すると考えてきた
デカルト的な「人間=主体/自然=客体」という枠組み よって人間中心主義
(デカルトの考え方 今は共感できない この考え方で現在の地球環境になってしまった)
● 技術で管理する発想 技術革新による解決 科学技術で問題を管理し 制御しようとする
● 制度・技術・数値で動かすことが得意
● どうすれば今の文明を維持したままで 排出量を減らせるか?(これも共感できない)
東洋は ● 自然との調和という世界観 自然と共生する暮らし方を重視
●過剰な消費を見直し 自然との調和を重視した生活様式への転換を目指す
●価値観・習慣・美意識で動かすことが得意
●生活様式を変える視点
●循環型社会(リサイクル・再利用・長く使う) といった 日々の暮らしの質を問う方向に向かう
●どんな文明のあり方が望ましいのか?
ザックリと分けたが 現実は混ざっている (9/1)
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「芸術は本来無償の行為なり」思想について
ここでいう無償は 対価を期待して始まる行為ではないという意味で
芸術は報酬・評価・市場価値とは無関係に
人間の内側から湧き上がる必然性によって行われる もっとも自由で純粋な行為であるという考え方
カンディンスキーやクレーが語った「内的必然性」と同じ系譜だそうです
芸術の始まりは
〇 誰かに褒められたい
〇 売りたい
〇 評価されたい
という外側の目的ではなく 内側から湧き上がる必然性によって生まれるという考え方
資本主義社会では ほとんどの行為が交換価値で測られる しかし芸術は本来 交換価値の外側にある
〇 描かずにはいられない
〇 形にしたい
こうした理由は 市場の論理とは無関係
つまり芸術は生きるために行うという性質を持っている この意味で無償の行為と呼ばれる
芸術は世界と自分の関係を調整する行為
多くの芸術家は 制作を生きるための調律と捉え
〇 世界の混沌を受け止める
〇 自分の内側のざわめきを形にする
〇 自分と世界の境界を確認する
これらは報酬とは無関係で むしろ報酬がなくても続けざるを得ない
このやめられない必然性こそが 芸術の無償性の核心
したがって 売れた・売れない 好評・不評などで
一喜一憂しないように 承認欲求が強くならないように できるだけ日々解脱 (8/29)
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制作
昨日は「ウーテの水墨画展」の搬出 開催期間中 南信地域の芸術家友達と久しぶりに会い 楽しいひと時でした
先々週から寝ている部屋の壁に 9月末開催の松本市美術館「信州現展」に出品する作品を立てっぱなしにしている
そうしているうちに ここが物足りないなと気付いてくる 小さい箇所を5~6か所 修正して出品
以前にも書いたが 昨年まで一般公募だったので与えられる壁面が横2m以内だったが 今年から5mになった
なので大作が展示しやすくなり 二点の内一点は今までで一番大ききサイズ(W275 ×H175cm)になる (8/27)
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宇宙から -- 西洋思想を補う東洋思想
現代社会は人類史上もっとも物質的に豊かな時代だと言われている
衣食住はかつてないほど満ち 情報も娯楽も指先ひとつで手に入る
それにもかかわらず 私たちの心はストレス 忙しさ 慌ただしさや疲労感に覆われ 落ち着くことも少ない
この奇妙なねじれは どこから生まれているのか
ひとつの理由は
現代の資本主義が「あなたにはまだ足りないものがある」「もっともっと」と絶えず欠乏感を刺激することで成り立つ仕組みにある
経済は不足を煽ることで回り 人は不足を埋めるために働き 次から次へと新しい商品を消費させられる
その結果 私たちは知らぬ間に強力な消費資本主義の呪文にかけられてラットレース人生に
「もっとお金を」「もっといいファッションを もっといい車を もっといい家を」「もっとSNSで『いいね』をもらわなければ」
必要以上の欲望は海水のようなもので 飲めば飲むほど喉が渇き 満たされるどころか渇きは深まるばかり
この果てしない渇きを鎮める最強の防具が 古来より語られてきた東洋思想の「知足」という智慧
足るを知ることは欲望を否定することではなく 心の重心を外側ではなく内側に置くという態度
「すでに持っているもの」を丁寧に見つめ直すとき 世界は不足の色ではなく 充足の色を帯びはじめる
その瞬間、人はようやく自分の人生を自分の速度で歩き始めることができるのでしょう (8/23)
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今朝 ウォーキングコースから
秋への一歩
お盆が終わったらツクツクボウシの鳴き声が聞こえ ツバメの姿が見えなくなった
今年のツバメの巣は三ヶ所 一か所は下に板をあてがうのが遅れ カラスに襲撃されて巣は壊れ
卵が全部下に落ち 可哀そうなことをした
残りの二か所は早めに板をあてがったので無事巣立っていった
巣は目の前なので毎日観察でき 毎年のことですが可愛いものでした もし巣立っていったツバメにGPSが付いていて
冬は東南アジアのどこの国のどの場所で過ごし 春になると日本のどこにいるのかがわかれば面白いだろうな
美味しい食事処があると聞いて行ってみた 雰囲気は古民家なのでいい雰囲気 にぎり寿司とざる蕎麦をいただいたが
ざるは美味しかったが にぎりはシャリが温かく ネタにも温かみが伝わっていた
炊いてすぐで 冷まし方がたらなかったのかな? 温かいにぎりは初体験たが なんとも変な味だった(笑)
うるさいお客さんだったらクレームになるでしょう
今年 畑にはじめてオクラを植えた 花が華やかで綺麗です
花言葉は 一日でしぼんでしまうので 恋の儚さを象徴して「恋で身が細る」だそうです (8/21)
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宇宙から
地球上で ある動物が増えすぎると生態系のバランスが崩れ さまざまな問題が噴出する
日本でもシカやイノシシの個体数増加による農作物被害の拡大 クマ増加による人間にとっての危険性の高まりなどが顕著になっている
世界でも似たような事例が数多くあることでしょう
これらは特定の動物が増えすぎると 環境がその圧力に耐えられなくなるという典型的な例だ。
では振り返って「人という動物」が増えすぎている現状はどうなのか
20世紀初頭の世界人口は約16億だった それが現在では約85億に達し 100億を超えるのも時間の問題とされている
人間は他の動物と異なり 生態系を作り変える力を持つ唯一の動物で 文明・技術・経済活動を通じて
地球環境に直接的かつ大規模な影響を与える存在である
そのため 以前にも書いたが
Ο 生態系の破壊と生物多様性の喪失
Ο 資源の過剰消費
Ο 気候変動の加速
Ο 廃棄物の増大と環境汚染
Ο 社会的・政治的な緊張の増加 など
増えすぎたときに生じる問題は他の動物とは質的に異なり より深刻で重大なものとなる
残念ながら人間はこれらを忘れがちになり やれ経済だ 効率だ 競争だ 戦争だと・・・
結果として人間の増加は地球にとって単なる「数の問題」ではなく 文明・技術・消費・価値観が複雑に絡み合った
総合的な問題であり その負荷は地球の許容量を超えている (6/19)
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ウーテの水墨画展
昨日は「ウーテの水墨画」展の搬入で飯田市へ
飯田市カフェギャラリー「アートハウス」で今日18日から25日まで開催しています
どうぞご覧ください
ウーテさんはドイツ・ベルリン生まれ 1981年に水墨画を始め 40代の時に日本に移住してきました (8/18)
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心身二元論の概念図 - 精神と物質の分離
東洋と西洋
東洋哲学と西洋哲学の違いを調べていると 次のようなことが見えてくる(大まかに)
西洋思想(有・実体・存在の強調・自然支配・直線的時間観)は 20世紀末までは近代科学と資本主義を生み出し
人類に物質的な豊かさと便利さなど 大きな繁栄をもたらした
しかし21世紀に入ると むき出しの覇権主義と道徳的羅針盤を失った世界(アムネスティ事務総長の言葉)や気候変動や環境破壊
さらに高度情報化社会といった巨大な壁に直面している
こうした状況の中で 地球と人類にとって東洋思想(無・関係性・自然との調和・円環的時間観)は
ますます重要になってきたように思われる
ちなみにデカルトの「心身二元論」は今一つ納得できない (8/15)
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彼方から
何かわからない微妙なことでさめた目になり
日々の制作活動が「他者からの承認欲求」や「他者より優れようとする競争」そして「資本主義という見えない枠組み」など
そのようなアートとは関係ない下らないことに 気づかぬ間に染まってはいないかと ふと我に返ることが時々ある (8/12)

制作
「ウーテの水墨画展」に出品する三作目の コンピューター回路(AI)を想像しながら描いたコラボ作品(H 1700×W 1200)終わる
考えてみれば ライト兄弟が世界で初めて有人動力飛行機を飛ばしてから わずか66年後にアポロが月面着陸
AIも数十年後にはどうなっていることやら (8/8)
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メメントモリ
最近 同年代の知り合いが亡くなられることが多くなった
それで
現在市内の小さな組織と全国組織の二つの団体にお世話になりながら活動していますが
(来年度からもう一団体出品するかもしれない)
団体に入るってどう? メリットは? お金(会費・出展料他)は? 人間関係は? 楽しい・面白い? などと聞かれることがある
もうすぐあの世生き(笑) だからそのような世俗の小さなことは ほとんどどうでもいい
作品発表(壁面をお借りする)させていただければ それでOK
ある程度歳を重ねると精神は異なる段階へと進む(進まない方もいるが) 手放すことは失うことだけではない 解放することでもある
(8/1)
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北アルプス連峰
連日の猛暑・酷暑 暑中お見舞い申し上げます
~愛媛県の温暖化川柳より~
「温暖化 自然にかえれと 天の声」
地球上で傲慢になってしまった「人という種」 天の声・神の声・宇宙の声は聞こえないでしょう (7/25)
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宇宙から
日本に先崎彰容(せんざき あきなか)という思想史家がいる
AIにこの学者の特徴を質問すると
「近代日本の思想を“時代診察”として読み直し 現代の倫理的・社会的問題を照らし返す
という方法を一貫して用いる思想史家で 特に近代化・ナショナリズム“近代の超克”を軸に
明治〜戦後の知識人の思考を精密に読み解き現代日本の精神構造を分析する点が大きな特徴です」
と答えてくれる
この方の述べていることには 結構共感する部分が多い
「国家像の第一の基準を金銭的豊かさに求めることは果たして正しいのでしょうか
競争原理の徹底したアメリカは結果的に国内に巨万の富を持つものと貧しいものを生んだ(おろしいまでの格差)
問題はこの金銭上の勝ち負けがアメリカ社会の人間性を壊し
生活のリズムを激変させ 個人の生きがいを喪失させ精神的荒廃をもたらした
このときアメリカの国家像は経済以外の何もかも失い分裂破綻していった(重い病にかかった国家)
そして日本もまた それに追従したのが2000年代の四半世紀だった
経済成長を否定しているのではない そうではなく第一の価値基準にすべきではないと言っているのです
実際モデルにしたはずの現在のトランプの時代を目の前に見ているではありませんか」
「日本というのはアメリカのうすめられた表面的な部分だけを取り入れてきたのが最大の病」
*( )内の文字は私 (7/23)
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滅びるために突き進む所あり
日本と外国で企業経営している方のブログを数年愛読している ブログには毎日いろいろな方のコメント・書き込みが数十件ある
それを読むのがまた面白いのだが そのひとつに米国のAIデーターセンター建設反対ニュースに関する女性のコメントがあり
最後の締めくくりの言葉が
「止められません 人間って滅びるために突き進む所ありますから」
このページに昨日書いた私の問いの答えのようで笑った (7/22)
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人類の愚行/AI軍拡競争
ベネズエラ攻撃 イラン戦争 トランプ政権はどちらもアンソロピックのLLM・クロードを使用
情報分析・解析、標的選定、戦闘シナリオのシミュレーションなど AIが作戦の中核に組み込まれていて戦争指揮に入っている
その結果
戦争の速度が極端に上がり
標的生成と攻撃が自動化され
全領域統合戦が加速など
戦争の基盤そのものが 変わってきている
それで 人類のこれから先は平和な時代に向かうんですね ? (7/21)
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夏
涼しいはずの信州 だが先日住んでいる地域の最高気温予報がが35℃
そもそも夏はなぜ猛暑が当たり前になってしまったのか?
その前に地球にとって持続可能な人口はどのくらいか?
一般的には30億(1960年代)~50億(1980年代)が地球に負荷がかからない人口だといわれている
現在80億超え まだまだ増え100億超えるそうだが
なぜこのように人口が増えたのか?
一、食糧生産数量を爆発的に増やすことができた
二、石油など安価なエネルギーが大量供給できるようになった
三、医療の飛躍的進歩で死亡率劇的低下 他諸々
簡単にいうと歯止めなしに 限りなく続く人類の欲望また欲望
結果地球上で何が起きているのか?
環境・社会・経済の三方向で深刻化が増すばかりで 自分で自分の首を絞め続けている
それで人類に解決できるのか?
人間の解決能力には限界があり あまり期待できない 予想は外れてほしいが今後も猛暑~酷暑 自然災害増 (7/19)
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変更
コラボ作品三点展示させていただく「ウーテの水墨画」展 開催日が少し長くなり八日間となりました
よろしくお願いします (7/11)
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彼方から
諸行無常 色即是空
八十余年は一夢のなか
俗世の栄枯は雲の変容
無為 無所有 無一物 活動しても活動せず 群居しても群居せず 現実世界の向こう側 (7/10)
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他愛のない話
新たな企画を考え 実践していくことに優れていて 非常に頭が切れる友人がいる
そのなかの二人を見ていると
Aは頭の切れに加えて どこか いい加減 ゆるさを宿している 物事を抱え込みすぎず
余白を残しながら生きる術を知っている その余白は世界と折り合いをつけるための柔らかな知恵なのかもしれない
もう一人のBは 同じ頭脳明晰でも責任感が強く 気配りができ 真面目で筋の通った生き方をしている
その誠実さは疑いようもなく まっすぐで揺るぎない しかしそのまっすぐさゆえにストレスや苦労も多い
長いこと見ているが 人間的にはBさんを好む方が多いのだが 不思議なことに結果的にはAさんの方がうまくいっている
世の中は曖昧さや余白や遊びが道をひらくこともある まるで世界が硬い意志よりも柔らかな余白を好むかのようだ
「正しさ」だけでは生きられず「ゆるさ」だけでも生きられない おもしろいものだ
お前はどうなのだと聞かれたら この友人たちの枠から 彼方の外側でフラフラ浮遊している (7/3)
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徘徊
遠くの大きな園芸店に 以前から探し求めていた花があるかもしれないと行ってみる 残念ながら置いていなかった
帰りにその花はハーブの一種だったことを思い出し 隣町のハーブガーデンにも立ち寄ってみる ありました
ここは以前は綺麗なところだった ところが何年前頃からだったかな? 事情はわからないが
数年間 庭(公園)の方の管理をしなくなり かなり荒れていた
久しぶりに寄ってみると 昔の様に綺麗に復元 手入れされていた
ベンチに座ると沢山のハーブの花 心地よい空間 風にのって香りが漂ってくる (7/1)
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早朝
夜明け前 野鳥が鳴きだす順番がいつも決まっている
一番は四時前にホトトギス(特許許可局)
次に四時頃 家の裏と表に巣をつくっているツバメ(チュクチュク ジュクジュク)
そして四時過ぎにウグイス
一昨年からこの辺りは ツバメが子育中になると雛を狙いカラスが襲撃してくるようになった
最初はわからなかったので巣が潰され 雛が犠牲になってしまった
今は巣が出来上がると カラスが届かないサイズの薄い長方形のコンパネを巣の下にあてがい 棒で支えてているので一安心
何年も営業しているが 相変わらずお客さんの少ない○○屋さんがある
この○○屋さんが開店の準備をしているとき 安曇野市~松本市のお店で
多数の方が買いに来られる○○屋さんと同業の商品を参考になるかもしれないと差し上げたことがある
食べてみてどれも特別美味しいとは思わないと言われた
何が言いたいかというと 厳しい意見ですが商売する以前に自身の舌を磨かなければ
いつまでたってもお店のお客様は増えないでしょう
私の世界の作品制作を続けていくのも同じことだと思う (6/29)
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世間話
市内でクマによる人身被害が発生し クマ報戒警報が出ている
今年も一番近いところでは家の裏のバス停付近や 隣の集落で出没している
もともと野生動物の住んでいた山の中に人間が住んでいるのだからクマ出没は普通の事
私が早朝ウォーキングをしているのを知っている近所の方が「吉川さんよく歩いているね 怖くないの?」
と聞かれた 怖いといえば怖いが・・・・
久しぶりにカップヌードルを買うことがあって驚いた 食品価格に疎いので130円ぐらいだと思っていた
アンソロピックのミュトスは、核兵器級のインパクトを持つと専門家が言っているが
人という動物は 次から次へと発明して幸福にもなり不幸にもなっていく
丸木舟から~原子力空母へ
石を投げるから~核兵器へ (6/26)
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信州現展
9月開催の「信州現展」(松本美術館)開催要綱が届く
昨年まで1点展示だったが 今年から一般公募から脱出できたので5mまで展示できることになり
今年の現展本展(国立新美術館)入選作品と大作 二点出品
これで余生は 今までの様に次から次へと制作することはなく
大きな作品ばかり ゆったり じっくりと 年三点前後の制作になる (6/19)
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初体験
家の裏で簡単な畑はつくっているが 田んぼ(米)のお手伝いは人生一度もなく
いつも手伝ってくれる方が急に入院したとのことで昨日お呼びがかかり この歳になって初体験
50代位迄の方だと朝飯前の作業だが 私は・・・今日は筋肉痛で湿布ペタペタ(笑)
日々なんの役にも立たない絵や彫刻作品を制作しているだけで 体力仕事はまったく向いていない
もし戦時中の兵士だったとすると 一番先に死ぬのは私
お百姓さんは偉大です (6/15)
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南アルプス
南信美術展
友達・知り合いが出品している南信美術展(飯田美術博物館)へ 今年は80周年記念展とのこと
Sさんの抽象画が私の中では知事賞でした オールドメディア作品は心動かされることが少なくなってきた
その後会場でアーティスト仲間とお茶会 夜は飲み会で楽しい時間を過ごす
翌日は水墨画をキャンバスに貼りつけをお願いしていた安藤玉松堂表具店さんへ 餅屋は餅屋 綺麗に貼られていた
これで自身のキャンバスと合体させて描いていける
帰りに三十数年前に南アルプスに登ったときの 山奥の登山口まで行ってみる
懐かしい! 当時は林業関係者のための細い砂利道の寂しい林道だったが 今は全面舗装され
展望台や広場や 登山者のためのそこそこ広い駐車場まであった
この登山口からは二度登ったことがあり 二度目は晩秋の単独登山 山小屋営業は終わっていて
小さな無人の冬季小屋で一人で寝て 天候がよかったので 翌朝富士山が近くに見えた
あの時は登りは誰にも会わず 下山時に一人だけ出会った静かな山旅だった (6/11~12)
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人類の愚行
ロシアの戦死者が数十万人といわれているが
「多くの人々に選ばれた 支持された国家の最高責任者は知者・賢者であり 人間力も優れている」だったらいいが
現実はそう単純ではない 過去を振り返れば数千人 数万人 数十万人 数百万人規模で自国民を死なせた指導者は珍しくない
それは独裁国家だけでなく民主国家でも起こり 人間が作った制度は人間の限界をそのまま映し出している
そのような地球表面の人類の行いとは無関係に
今日も宇宙船地球号は太陽の周りを時速11万kmの猛スピードで飛んでいる (6/10)
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北海道
音楽
これには少しばかり笑った 前半お茶漬け 2分過ぎから突然肉汁たっぷりのステーキに 北海道からアラスカに変身~!
前半平凡 後半2分からが濃厚・ド迫力で圧倒的にいい 特に3分過ぎてからのやりたい放題が Click→「大空と大地の中で」
PS
もうひとつ Let It Be これもいい ギター ソウルフル グルーヴ感 たまりません
近所からクレームがくる一歩手前の大音量で聞くと 尚いい (6/5)
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彼方から
制作上 現代文明をつくっているホモサピエンスとはどのような動物なのかと
特にその動物がもっている特質・本質によるどうしようもない限界点について考えることが度々ある
古くは気候変動 昨今では冷戦以後最大に膨れ上がった世界の防衛費・・・
ホモサピエンスはいろいろな愛と 反対側の愚行を併せ持っている摩訶不思議な動物 (6/3)
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早朝 ウォーキングコースから
公募展
某美術ジャーナリストが 岡本太朗の「TARO賞」関連で
「ふたりとも50歳過ぎで 悪いけどこれらの作品がほかのアワード展で受賞することは想像できない
太郎賞がなければ埋もれていたかもしれない作家・作品なのだ」
と書かれていた
TARO賞に公募してくる作品は 岡本太郎の人間性を反映して「トンデモないもの(いい意味で)」「ベラボウなもの」
「何じゃコレは!」がほとんどでしょう
「太郎賞がなければ埋もれていたかもしれない作家・作品なのだ」の言葉に心動かされる (5/28)
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中央アルプス連峰
徘徊
車で1,800mまで上がれ 景色がよく しかも人が少ない場所があると聞き
バカと煙は高いところへ上がるで 先日行ってみた
天気にも恵まれ 情報通り南アルプスは一部だったが北アルプス連峰・中央アルプス連峰の全てと御岳山 乗鞍岳が展望ができ
俗世の混沌・氾濫・増殖・過多・加速・争いとは無縁の世界 雲上の楽園だった (5/23)
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